マリーシアについて

サッカーの話です。


ドイツW杯の敗因の一つに結束力の欠如が上げられていました。

たとえばチーム内のコンセンサスが取れていなかったという問題。
中田ヒデは攻撃的にラインを上げないと勝てないといってDFラインを上げることを要求しました。一方、ツネ様は「いやいや、あがっちゃだめだから。下がって守ることも大切だってば」という意見。ヒデは「それじゃ勝てない!リスクをとって違うことをやらないと!」と言ってききません。でも、ツネ様は「いや、守りきってゼロに押さえた実績があるだろう」といいます。



そんな中、ヒデはメディア発信力に優れているから、自分のHPやTV出演で意見を言うことになります。攻めるべきだ、と。そうすると世論(サポーター)も、あ〜そうかもなーという気になってきます。


でもそれってもはや、どちらが正しいかっていう話じゃないんです。いうなればどちらも正義。だってどちらにも一理あるんだから。ただぶつかってしまうのは、ともに「勝利」を目指してしまうゆえ。


たとえば、そんなシチュエーションで、右サイドバックに配置されたらどうするんだろう、俺。って少し考えてしまった。
前線にスルーパスが出る。そうしたら走り込むだろう。でも、DFラインには帰らないといけない。


でも思うのは、正しいか正しくないかで試合は動いていないと言うこと。
奇襲。騙し合いの連続だ。
自分に足りないのは、マリーシアだと思う。
マリーシアとは - はてなキーワード

自分が信じることを正規のルートで突き進めば、叶うはずとどこかで信じている。7年間、社会にもまれても学習していないバカ正直な部分。


政治やら裁判やら戦争やら正しいことで社会は動いていない。稟議的問題に照らしてしか思考できなれば、無駄ランニングの多い選手になってしまうだろう。


だけど、マリーシア、分かっていても学ぼうっていう気になれないところもダメなとこなんだけどね。。


・・・ 以上、サッカーの話でした。