『ペット・サウンズ』 ジム・フジーリ著 村上春樹訳

ビーチボーイズの古典的名作『ペット・サウンズ』を軸にブライアン・ウィルソンの半生を紐解いていくノンフィクション。訳は『サージェント・ペパーズ』よりも『ペット・サウンズ』の方がすばらしいと豪語する村上春樹

ビーチボーイズの『ペットサウンズ』は発売当初、とまどいと反発を持ってリスナーに迎え入れられた。それまでの「サーフィンUSA」などの陽気でお気楽な楽しいサウンドからは一線を画し、内省的なアルバムだったからだ。そのアルバムはバンドメンバー、ブライアン・ウィルソンただ一人によって作られた。その変化には曲を見せられたメンバーもとまどったという。当初は商業的にも売り上げは不振だった。

そんな『ペットサウンズ』であったが、発売当初の黙殺とは裏腹に、時代を超えて徐々に評価が高まっていった。売り上げも総計で900万枚を突破している。そんな不思議なアルバムがいかにして作られたか。ブライアンのどんな生き方が投影され、想いが反映されているかを作家ジム・フジーリという人物がリポートする。多少の偏愛を込めて。


もちろん村上春樹も『ペットサウンズ』を溺愛している一人である。
まぁたしかに村上春樹がやらなくても、と思う気持ちもあるのだけど(訳をするにしても小説に携わっていてほしいと言う気持ちだ。だけどこれは同時刊行の『ティファニーで朝食を』で満たすことにしよう)やはり彼の初期の小説において、時代背景が重要な意味を持ち、それがきっかけで当時のカルチャーに漠然とした憧れを抱える読者の一人としては興味深く読むことが出来る。
村上春樹の趣味嗜好に共鳴することの出来る読者であれば、二倍楽しめる著作ではないだろうか。


彼はあとがきの最後にこんな文章を寄せている。

もしあなたが『ペット・サウンズ』をまったく聴いたことがないか、あるいはざっと聴き流す程度の聴き方しかしていないと仮定すれば、おそらくあなたはこの本書を読み終えたとき、「この筆者がこんなにも強く心を惹かれる『ペット・サウンズ』というアルバムは、いったいどんな内容のものなのだろう?」と興味を持たれるのではないだろうか。(〜)もしそうだとしたら、それだけでもこの本は大きな存在意味を持っているはずだと、翻訳者は考える。

聴いてみてください。聴く価値のあるアルバムです。そしても何度も聴き返す価値のあるアルバムです。


雑誌「パピルス」でサンボの山口君が「世代間で断絶するのはもったいない」と言ってたのを思い出した。上の世代が、より若い世代に対して、これは「聴く価値のあるアルバムです」とオススメする。そうやって、全くそれを聴いたことのない世代に、音楽が時を超えて伝わってくる。この行為自体が価値のあることのように思える。

世代を超えて、これは聴くべきだと声を大にして伝える。
そういうことでカルチャーの普遍的な部分が守られていくのかもしれない。

形態は何でもいい。そういう交流が盛んになれば、面白いことがもっともっと起きるのかもしれない。


ペット・サウンズ (新潮クレスト・ブックス)

ペット・サウンズ (新潮クレスト・ブックス)