『有頂天家族』森見登美彦


最近、『夜は短し、歩けよ乙女』に続き、ようやく森見最新作を読みました。

そうしたらこれが、『夜は〜』を超える深さと面白みがあって、多いに感銘を受けたんです。

前作のノリとテンションを期待して読み始めたもので、最初は少々とまどいました。どちらかというと、今作は静謐な印象で淡々と語られ始めていたからです。(もちろんウィットの利いた文体は健在なのだけれども)
でも、読み進めるに従って、前作とは違う意味での、勢いが生まれてきて。物語の強さにぐいぐい引っ張られていって、それに乗って最後まで読み進めるのが、実に楽しかったのです。


物語は、タヌキの家族のお話。
偉大なる父タヌキの血を引いた4兄弟に天狗や人間や悪タヌキがからんでのドタバタ劇です。
舞台は現代の京都。
主人公は3番目の兄弟で父から「阿呆」の血を引いた、矢三郎。
この主人公のキャラ設定がまた抜群で、この小説のある種のすがすがしさはまさしく、この矢三郎の嗜好性がもたらすものに違いないのです。


どちらかというと、ぶっとんだキャラクターや、主人公の「面白いことはよきことなり」という面白さ重視の性格などが相まって、おもしろおかしい小説(いい意味で)であることが強調されていますが、この小説の面白さは、実は「家族愛」にあるんだと思ったのです。


この小説を読み終わった瞬間に感じる、心地よさ。
それはいま失われつつある家族同士の信頼関係、そしてなんだかんだいって師を想う信頼関係。それをドタバタ劇の中に絶妙の配合をしたからこそ味わうことが出来るんじゃないでしょうかね。

実際、タヌキを食べる人間という存在も出てきます。
現に兄弟の親父は人間に食べられてこの世を去るのです。それでも、その人間をうらんだり、憎いと想ったりといったネガティブな感情にこの小説が支配されることがないのは、小説家がストーリーをうまくコントロールしているからであり、そのさじ加減がまさに絶妙といえるのです。


同年代でここまでのストーリーを紡ぎだせることは本当に驚愕でした。

僕にとって、日本の現代文学も面白いんだ、と再認識させられる作品だったのです。




有頂天家族

有頂天家族