ガイドブックに関する覚え書き

これまでも言われ続けてきたことだったけれど、今年に入ってその傾向がますます顕著になっているようだ。出版不況というやつである。
先日「Lapita」が休刊になり、小学館では今年に入り4誌目の休刊とのこと。「月刊現代」や「ヤンサン」などなどお前もか!?といった有名雑誌が相次いでなくなることに、戦々恐々としている人間は少なくないじゃないだろうか。

この相次ぐ休刊は、赤字が続いて持ちきれないということもあるんだろうけど、どうもやはり広告主が雑誌を見切り始めているというところにあるらしい。雑誌の売上だけでなく、情報に触れる頻度も圧倒的にネットの方が多いのだから、たしかにメディアを選別して、どんどんターゲットを絞っていくという考えは当然だ。なんといっても、日本の経済だって鳴かず飛ばずな状態なのだから。
そんな中、似たようないくつもの雑誌に出すのではなく、最も効率的なナンバー1の雑誌にのみ広告を出すように変わってきているだろう。

ちなみに読者の方の変質はどうか。
情報はかつて活字に依存する割合が大きかった。でもネットが出てきてからは、紙を買う必要がなくなった。これまでが独占しすぎていたのだろう。今では、ネットか紙かなんて頭はなく、情報収集する際に、ネットかそれ以外か、という感覚が定着しているように思える。

こんな状況下で、もはや雑誌や活字にとって全体を見ることになんの意味があるのだろう。
これからは今まで以上に、マーケティングの数字の通用しない作りをしていかないと行けないんじゃないか?なぜなら、数字的に大きな層がそもそも活字に触れるかどうかは別問題だし、数字的に見たら小さくても、ネットなどでまとまった情報が垂れ流されていない分野であれば、充分に可能性のあると見ることも出来るのではないか。

つまり数字だけ見てても、絶対に答えが出てこないという面が加速するんじゃないだろうか。
今後いっそう、情報を流すだけの雑誌は存在意義がなくなると思う。

翻って、ガイドブックはどうか。

売れ筋商品というのはあるのかもしれないが、そこはすでに語られ尽くされたデスティネーションである。
数字上、多くの人が行くからといってそこにだけ注力していればいいと言う時代では当然ない。
他が出してないと動けない、あるいは数字が見えないから出せないじゃ、もう身動きはとれないだろうと思う。
これまではそれでもよかったけど、時代がそれを許さなくなってきたんじゃないか。

自戒を込めて、そんなことを考えている。